事務局長名での声明・アピール等

2018/07/17【談話】 中学道徳教科書採択に政治介入を求める日本教科書の不法な策動は容認できない

2018年7月16日   子どもと教科書全国ネット21 事務局長 鈴木敏夫

 

子どもと教科書全国ネット21は、今年4月13日の事務局長談話「中学校道徳教科書の検定結果及び教科書の特徴について」で、新たに参入した日本教科書の中学道徳教科書は「他社と比べても子どもに学ばせたくない内容を多く含んでいる教科書である」ことを指摘した。その後の日本教科書の策動は看過できないものであり、改めて談話を出すものである。

 

大阪府和泉市の辻市長、同泉佐野市の千代松市長への情報公開請求によれば、日本教科書会社は、2018年1月24日の教育再生首長会議(以下、「首長会議」)において、当時の日本教科書会社の顧問八木秀次氏と代表取締役社長武田義輝氏の連名で、「会社案内」とともに市長宛に「御案内」という文書を配布したとのことである。

 

「御案内」は、「市長が主催する総合教育会議では教科書採択の方針などについて議論することができるとされています。つきましては、弊社に関する資料を同封したので是非ご覧ください」と、総合教育会議で市長が積極的に教科書採択に関与することを求め、さらに「市長、教育長、教育委員の皆様に、直接ご説明の機会をおつくり頂きたく、ご検討賜りたい」とも述べている。

 

教育委員会制度の改変に関する通知「地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律について」(2014年7月17日)の「第四総合教育会議について」の「2 留意事項」で文科省は、「3)総合教育会議においては、教育委員会制度を設けた趣旨に鑑み、教科書採択、個別の教職員人事等、特に政治的中立性の要請が高い事項については、協議題とするべきではないこと 4)一方、教科書採択の方針、教職員の人事の基準については、予算等の地方公共団体の長の権限に関わらない事項であり、調整の対象にはならないものの、協議することは考えられるものであること」としている。

 

このように、「教科書採択」の決定はもちろん、「採択の方針」でさえ、首長の権限にかかわることでないにもかかわらず、あたかも教育長や教育委員と対等の立場で「議論」し、決定に関与できるかのように述べて自社の教科書に関する資料を配布することは、教科書採択に対する政治的介入そのものであり、断じて許すことはできない。

 

そもそも「首長会議」は、侵略戦争を賛美する育鵬社版中学校歴史・公民教科書に深いかかわりをもち、八木氏が理事長を務める日本教育再生機構(「再生機構」)が全面的に関って設立した組織である。「再生機構」は、八木氏らが設立した日本教科書の道徳教科書の採択をひろげるために、「首長会議」を利用しようとしているのではないか。このようなことが事実ならば教科書採択の公平・公正を侵す不法なものと断ぜざるを得ない。

 

6月末から教科書採択が始まっているが、自社の教科書を政治介入により、採択させようとする日本教科書の策動は、断じて認めることができないものである。

                                            以上

2018/4/13 【談話】中学校道徳教科書の検定結果及び教科書の特徴について

 

       俵 義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)

 

 

  文部科学省は、2018327日、2019年度から使用する中学校道徳教科書の2017年度検定の結果を公開した。「特別の教科 道徳」は、安倍政権の「教育再生」政策の目玉として戦後初めて道徳の授業が教科化されたものである。道徳教科書の検定は、2016年度の小学校に続いて2度目である。以下、中学校道徳教科書の検定及び教科書の特徴について、いくつかの点でコメントする。

 

 

 

1.検定合格した中学校道徳教科書の発行者

 

 2017年度に中学校道徳教科書の検定を申請したのは、東京書籍、学校図書、教育出版、光村図書、日本文教出版、学研みらい、廣済堂あかつき、日本教科書の8社ですべて検定合格した。日本教科書以外は小学校道徳教科書を発行した教科書会社である。

 

 新規参入の日本教科書株式会社は、安倍首相のブレーンとして知られる八木秀次・麗澤大学教授(日本教育再生機構理事長)らが20164月に八木氏が代表取締役社長に就任して設立した。設立時の所在地は日本教育再生機構の事務所と同じ場所にあった。八木氏は、道徳の教科化などを提言した安倍首相直属の教育再生実行会議の有識者委員で、「道徳の教科化」を推進した中心人物である。八木氏は169月に日本教科書の代表取締役を退任し、その後の社長には晋遊舎の代表取締役会長の武田義輝氏が就任している。晋遊舎は『マンガ嫌韓流』や元「在特会」会長の櫻井誠氏の本などヘイト本を多く出版している出版社である。日本教科書の現在の所在地は、千代田区神田神保町の晋遊舎の中にある。晋遊舎の「子会社」になったと思われる。日本教科書は、「道徳教育専門の出版社」で「文部科学省検定教科書の発行と供給」を主な事業とするとホームページで述べている。

 

 

 

2.2017年度道徳教科書の検定の概要

 

検定意見の数―小学校との違い

 

 8社の内、廣済堂あかつきと日本文教出版が別冊を出したので、発行教科書の数は30冊である。検定意見の総数は184件で1冊あたりの平均は6.1件(2017年度検定の小学校は866冊で244件で1冊あたり3.7件)であり小学校より1冊あたりの意見数は多い。しかし、検定意見の内、日本教科書に付けられた意見は67件(全体の36%)で、日本教科書をのぞけば1冊あたり4.3件であり、小学校とそれほど大きな違いはない。

 

 検定意見の内、小学校では184件中43件(23.4%)を占めた「学習指導要領に示す内容に照らして不適切」という意見はわずか7件(3.8%)であった。マスコミは「道徳教科書の初の検定で様々な注文がついた16年度の“教訓”を生かし、教科書会社が配慮したことが背景にある」(「日本経済新聞」2018328日)などと報道したがこれは正確ではない。小学校教科書の検定意見が伝えられたころには中学校教科書の申請本の原稿はほとんどできている。教科書会社は小学校よりも1年分多く時間があったので、教科書編集に十分時間をかけることができたことがこの結果につながったと推測できる。むしろ、文科省の教科書調査官(検定官)が、昨年のマスコミや研究者、私たち市民の批判を受けて検定で配慮したのではないかという推測の方が当たっていると思われる。

 

特徴的な検定例

 

・全巻に「学習指導要領に示す内容に照らして、扱いが不適切(我が国の伝統と文化の尊重、国を愛する態度)」との意見がつき、「先人の思いとともに」という題材(花火や灯篭流しの話)の設問「季節の年中行事や儀式などに参加したとき、どのようなことを感じただろう」に、「また、先人が築いてきたことをこれからの社会に受けつぎ、日本を発展させていくために、私たちにできることはどのようなことだろう」を付け加えた(東京書籍・3年)。

 

・全巻に「学習指導要領に示す内容に照らして、扱いが不適切(友情、信頼)」との意見がつき、「私がピンク色のキャップをかぶるわけ」の設問「さまざまな友情の在り方を学んできた」の前に「同性どうしの友情や異性との友情など」を追加した(光村図書・3年)。

 

・杉原千畝の題材で、「日本はドイツと防共協定を結んでいる国です。そのために、あなた方ユダヤ人にビザを出すのは難しい立場にあります。」に「生徒が誤解する恐れのある表現である(当時の日本の外交政策)」との検定意見がつき、「私は数人分のビザならば発行することができますが、これほど多勢の人たちにお出しするのは難しい立場にあります」に修正した(学校図書・2年)。これは小学校でも同様の検定があったが、当時の政府の政策批判を許さないという意図によるものである。

 

 

 

3.現段階で判明している中学校道徳教科書の特徴

 

 子どもと教科書全国ネット21は、プロジェクトチームをつくって中学校道徳教科書の調査・分析・検討を進めている。この作業はまだ途中なので詳しい特徴は指摘できないが、マスコミ報道も含めて現在判明している特徴のいくつかを明らかにする。

 

愛国心や伝統・文化の押しつけ

 

国家が定めた徳目・価値観の押しつけ、特に愛国心や伝統・文化を子どもたちに押しつける内容が各社ともに目立つ。これについて、「東京新聞」は「愛国へ日本礼賛 続々」の見出しで、「教科書各社は伝統芸能にたずさわる人々や生活習慣などを『日本の良さ』として紹介」と述べている。前述以外のいくつかの例を紹介する。

 

・東日本大震災後の日本人のふるまいをたたえる海外の報道を紹介(「市民の共通の利益のために『ガマン』する精神は日本人の最もよい面」「危機の中において、法に従い、秩序を守る気高さこそが、日本人のすばらしい国民性」)(教育出版・3)

 

・王貞治の随筆「国」を読んだあとの設問(「祖国をよりいっそう愛するに足る国にしていくために、どのような国の理想像を描いているか」)(廣済堂あかつき・2年)。

 

・「礼儀」を学ぶコラムで「私たちの日本の文化には、相手に対する敬意や思いやりを大切にするという伝統があります」(学校図書)

 

子どもの内心の「愛国心」などを数値で「自己評価」させる

 

 道徳の教科化にあたって文科省は、数値による評価はしないとしてきた。ところが中学校道徳教科書は、8社中東京書籍・教育出版・日本文教出版・廣済堂あかつき・日本教科書の5社が生徒に数字やレベルで45段階で自己評価させる欄を設けている。例えば廣済堂あかつきは、「日本人としての自覚をもち、国の発展に努める」などを①~⑤の段階で自己評価させている。これは明らかに生徒の内心を数値で評価させるものであり、こうした作業を通じて愛国心など国家がめざす価値観が生徒の内心に押しつけられていくことになる。

 

 

 

4.日本教科書は完成度の低い、復古主義・国家主義的内容である

 

道徳の学習指導要領は、その内容項目を、A「自分自身に関すること」、B「人との関わりに…」、C「集団や社会との関わりに…」、D「生命や自然、崇高なものとの関わり…」という4つの大項目に分類して規定している。他社はこのABCDに属する内容を適宜織り交ぜて配列し1冊を編集しているが、日本教科書は、各学年ともにABCD1ページから順番に扱っている。そのため、例えば1学期には「A」の内容だけを学習することになる。教科書づくりの「イロハ」を理解していない編集でありこの面からも学校では極めて使いづらいものである。しかも、前述のように検定意見数が飛び抜けて多かったが、その多くが字句の間違いなどであり、完成度が極めて低い教科書といえよう。

 

使われている教材が編集部で作文したと思われるものが多く、無理矢理に教えたい「偉人」などに無理やりに結びつける展開のものが多い。例えば、吉田松陰を登場させるために、中学生が陸上競技の走り込み途中で松下村塾の前を通る話などがその一例である。新潟県長岡市がハワイと姉妹都市提携をして真珠湾で花火を打ち上げるという「白菊」という教材の最後に何らの必然性もなく安倍晋三首相の真珠湾での演説を1ページ分載せているのもこうした意図によると思われる。こうした作文の多くが日本礼賛、愛国心の鼓舞になっている。

 

 前述の自己評価も日本教科書が最も露骨である。「中学生で身につけたい22の心」として、「礼儀を大切にし、時と場に応じた言動を判断できる心」「国を愛し、伝統や文化を受け継ぎ、国を発展させようとする心」「日本人としての自覚をもち、世界の平和や人類の幸福に貢献しようとする心」などを4段階のレベルで評価させる内容である。

 

 以上はごく一部の問題点であるが、他社と比べても子どもに学ばせたくない内容を多く含んでいる教科書である。

 

                                         以上

 

2018/4/6【談話】戦後最悪の次期高等学校学習指導要領を批判する

 

    201846日  子どもと教科書全国ネット21事務局長 俵 義文

 

 

文部科学省は314日、2022年度から逐年実施される高等学校の学習指導要領(以下、次期指導要領」)を官報に告示した。教科全体として55科目中27科目が新設または内容が見直されているが、特に必履修科目が大きく変わるのは「地理歴史科」(以下、「地歴」)、「公民科」(以下「公民」)である。「地歴」では現行の「世界史」必履修を廃止し、日本と世界の近現代史を学ぶ「歴史総合」、新設の「地理総合」がともに必履修となった。「公民」では選択必履修の「現代社会」が廃止され、主権者教育などを掲げた新設の「公共」が必履修となり、同じく選択必履修科目であった「倫理」と「政治・経済」が、それぞれ選択となった。まず全体的な特徴と全教科・科目に共通の問題点を取り上げ、さらに、「地歴」「公民」について今回の学習指導要領の問題点について指摘する。

 

 

 

1.全体の特徴・問題

 

(1)「改正」された教育基本法の「理念」の全面的な実現をめざす

 

 第二次安倍政権下で自民党内に設置された「教育再生実行本部」は、ほかならぬ第一次安倍政権が2006年に「改正」した教育基本法の理念が教育現場や教科書に生かされていない、多くの教科書に「自虐史観で偏向した記述が存在する」(自民党衆議院選挙公約)などと批判してきた。そして、これを克服するために教育基本法の理念を忠実に反映した詳細な内容の学習指導要領をつくる必要がある(自民党教育再生実行本部)と主張してきた。実際、「次期指導要領」は、現行のA4315ページからA4648ページに分量が倍増している。分量の大幅増加は次期小・中学校学習指導要領でも同様である。小・中学校の次期学習指導要領と同様に前文を新設し、現行教育基本法第1条「社会の形成者として必要な資質」や第2条「教育の目標」(「公共の精神、伝統と文化を尊重、国と郷土を愛する」等)の実現を強く求めている。これらは、国民の間での見解の違いを無視して特定の価値観を小・中・高等学校を通じて教育に押しつけるものであり、認めることはできない。

 

このような分量の大幅増加と詳細化は、教科書や教育現場を隅々まで規制しようとする安倍政権・自民党の意図を反映させたものといえる。これは学習指導要領が憲法違反ではないのは「大綱的基準」であるかぎりであるとした1976年の旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決に違反すると言わざるをえない。

 

 

 

 

 

(2)「見方・考え方」で全ての教科・科目を拘束する

 

「次期指導要領」全体の特徴はおよび問題は、小・中学校学習指導要領の問題点が引き継がれたことである。中央教育審議会の議論で奨励していたアクティブ・ラーニングは、様々な批判の前に、「主体的・対話的で深い学び」として表記された。その学びは、「各教科・各科目の特質に応じたものごとをとらえる視点や考え方」(総則第3款。以下「見方・考え方」)という一律の用語によって、あらゆる教科・科目のあり方を拘束しようとしていることが重要な特徴であり問題点である。

 

どの教科・科目でも「〇〇についての見方・考え方を働かせ」「資質・能力を育成する」と冒頭に記述したのち、目標を記述する体裁をとっているが、肝心の「見方・考え方」の定義も内容の記述もない。これでは、その定義と説明は学習指導要領解説(以下「解説」)で行うことにならざるをえない。文科省が「法的拘束力がある」と主張する学習指導要領の重要な内容を法的拘束力のない「解説」で具体化するのは不当であるうえ、教育内容をこれまで以上に統制するものである。

 

 日本国憲法の下では、教育は子どもの学習する権利を充足すべく、一人ひとりの個性を尊重しつつ人格の完成をめざして行われるべきものであるが、「次期指導要領」は国家・社会に役立つ「人材」育成を第一の目的として、子どものためではなく国家のための教育、子どもの成長発達よりも国家や企業にとって役立つ「人材」育成のための実用主義的な教育をめざすものといえる。

 

 

 

(3)「道徳教育の充実」を担う「科目」等を明記し道徳教育の強化をめざす

 

 総則に「道徳教育に関する配慮事項」(第7款)を新設した。「道徳教育の充実」を強調し、「道徳教育の中核的な指導の場面」として、「公民」科に新たに設置された必履修科目の「公共」「倫理」「特別活動」を位置づけたうえ、「道徳教育推進教師」を導入し、道徳が教科化された小・中学校と同じように「伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛する」などを中心とした価値(徳目)を強調した道徳教育を強化しようとしている。

 

 

 

  1. 国家・財界が求める「人材」の育成が中心

 

「次期指導要領」が「社会に開かれた教育課程」(前文)という用語で描いている社会は、財界・国家が描く社会の将来像であり、「資質・能力」は、それらが求める「人材」に期待する内容として持ち出されている。これらをOECDや世界の研究動向で権威づけしつつ、「知識・技能」の学習を、覚えるだけに偏っていたと批判し、「理解していること・できることをどう使うか」が重要だという財界の意向を「思考力・判断力・表現力等」と表現し、道徳教育への国家の強い期待を「主体的に学ぶ力・人間性等」としている。これら三要素が国家・財界が求める「資質・能力」を構成するとして、この「資質・能力」の育成を学校教育全体に貫徹させようとしたのが、今回の学習指導要領の特徴となっている。

 

(5)学習指導要領が、学校教育の全てを統制するものへと変質

 

学習指導要領が「教育課程」に関することにとどまらず、現行学習指導要領の2倍近い分量を使用して、「総則」「指導方法」「評価」「生徒の発達の支援」「学校運営上の留意事項」(カリキュラム・マネジメント)等について細かく内容・方向性を示した。このことは、学習指導要領が、教育内容だけではなく、学校教育の全てを管理・統制するものに変質したととらえられる。力量不足の教員への支援を口実に教員の教育の自由を奪うものであり、ILO・ユネスコの教員地位に関する勧告」(1966年)に反している。

 

 

 

(6)教員の負担増と予想される教員・生徒のストレス増

 

「次期指導要領」は、理数系では教科の新設があり、また芸術と保健体育を除くすべての教科で科目の変更がある(詳細は後述)。教え方・評価の仕方についても新たに複雑な指示が出されている。教科・科目の変更にあたって必須の教材研究等、授業準備にかける十分な時間の保障されていない。一方で「次期指導要領」は、「カリキュラム・マネジメント」として各学校が教科横断型のカリキュラムの研究や、学校の管理・運営についても、事細かな具体例を出して「チーム学校」として取り組むことを奨励している。これでは教員の多忙化の軽減に逆行するのではないか。

 

生徒も、全教科で「対話」が加わって学習方法が似てきたり、「思考力・判断力・表現力」に加えて「主体的に学ぶ態度や人間性等」も評価されたりし、さらに、数値による評価ではないとはいえ道徳でも評価されるなど、評価の目にさらされることになる。生徒も教員もストレスが増えることは必至である。

 

 

 

(7)科目数55のうち49%が再編・新設——学問に基づく内容の後退

 

1)教科「理数」の新設——科学技術大国の復活を目指す

 

教科「理数」の科目には「理数探究基礎」(2単位)と「理数探求」(25単位)が設置されている。「理数探求」は必履修科目ではないものの、「体育」(必履修7〜8単位)の次に多い単位が当てられている。この科目は「将来、学術研究を通じた知の創出をもたらすことができる創造性豊かな人材の育成をめざし」と記されているように、科学技術大国の復活をめざす、政府・財界の意図が見て取れる。

 

2)「国語」「外国語」「家庭」「情報」などの共通の問題

 

科目のこのような大幅な変更は、近年にはなかった。ここでは、主に、「改善のポイント」の「教育内容の改善事項」で取り上げている各学科共通教科について記すが、科目の変更点は以下のようになる。これらは、総じて学問の後退につながるものである。

 

①国語の充実・情報教育を求め、「英語」や「情報」では、経済界が求める即戦力の期待から、実用主義的内容へ傾斜している。

 

②伝統や文化に関する教育の充実を求めている。それは「国語」の「言語文化」「文学国語」「古典探求」、「保健体育」における武道、「家庭」における「伝統的な生活文化」などの記述に見て取ることができる。これは、国家が国民統合の視点から求める、伝統や文化に関する教育、加えて道徳教育の充実を求めているといえる。

 

③「保健体育」「特別活動」などで主権者教育・消費者教育・防災・安全教育などの充実を求めている。租税と社会福祉等、消費者の契約・自然災害・オリンピック・領土等7項目が記述されており、概ね、政権側が強く関心を寄せている課題ともいえる。

 

 

 

2.「地理歴史科」「公民科」の問題

 

(1)「愛国心」育成の強化

 

前文を受け、「地歴」の目標に「日本国民としての自覚」に加え、「我が国の国土や歴史に対する愛情」を深めることが、また「公共」の目標にも「自国を愛し、その平和と繁栄を図ること……の大切さについて自覚」を深めることが入っている。これらは生徒の内心に踏み込むことにつながり、重大である。「次期指導要領」がこのまま施行されれば、20184月施行の「国旗」、そして「国歌」まで親しむことを指示した「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」から高校まで「愛国心」育成が一貫することになる。これは「戦争する国づくり」の一環というべきであり、他方では「日本人の自覚」を持った「愛国心」旺盛なグローバル「人材」の育成をめざすものである。

 

 

 

(2)政府見解を押しつける領土問題

 

領土問題については「尖閣諸島については我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しない」(「地理総合」)、「固有の領土である竹島や北方領土(中略)尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題は存在していないことを取り上げること」(「公共」)としている。同様の記述を地歴・公民の倫理を除くすべての科目に入れるという異常ともいえる事態である。現行学習指導要領では「日本の領域をめぐる問題にも触れること」(「地理A」)、「領土問題の現状や動向を扱う際に日本の領土問題にも触れること」(「地理B」)とあるだけである。政府見解の押しつけというべきこの変更で「事実を基に多面的・多角的に考察し公正に判断する力を養う」(「公共」など)ことができるのか、きわめて疑問であると言わねばならない。

 

この記述は、2014年1月の中学校社会科および高校「地歴」「公民」の学習指導要領解説の一部改訂とほぼ同じであり、第二次安倍政権の「教育再生」の一環として、「次期指導要領」を待たずに前倒しで強行されたものである

 

 

 

(3)一面的な見解を取り上げるなとの口実で教育・教科書を規制 

 

 「地歴」「公民」とも、各科目にわたる内容の取扱いについての項目で、「多様な見解のある事柄、未確定な事柄を取り上げる場合」には「特定の事柄を強調」したり「一面的な見解を取り上げたり」するなという文が追加された。これは2014年に社会科・地歴科・公民科の教科書検定基準に近現代史における数字に限定して追加された内容だが、それを学習指導要領本文に格上げしたもので、無限定にすべての教育内容に適用されるものになった。教科書への規制強化はもちろんだが、現場での教育実践にも適用するねらいであり、教育実践を不当に萎縮させるものである。

 

 

 

  1. 特定の観点で近代史を裁断する「歴史総合」

 

この科目では「近代化と私たち」「国際秩序の変化や大衆化と私たち」「グローバル化と私たち」の3つの概念で近現代史を教えるとしているが、これらの概念は、これまでの歴史学や歴史教育がつくりあげてきた近現代史学習とは大きく異なっているため、中央教育審議会で設置が発表されて以来、現場の戸惑いや批判が表明されてきたところである。

 

目標に「日本国民としての自覚、我が国の歴史に対する愛情」を盛り込み、愛国心の育成を図る内容となっている。「国民国家と明治維新」の項の内容の取扱いで、「日本の近代化や日露戦争の結果が、アジア諸民族の独立や近代化の運動に与えた影響」に気づくようにするとして戦後70年の安倍首相談話と同様の一面的な記述となっている。同様に「日本の近代化への諸政策」を「日本の国際的地位を欧米諸国と対等に引き上げようとするものであった」と描いている。

 

 

 

(5)憲法がないがしろにされた「公共」と「政治・経済」  

 

「自民党政策集Jファイル2010」は「道徳教育や市民教育、消費者教育などの推進を図るため『公共』を設置します」とうたっている。新科目「公共」はこの方針をもとに導入されたと疑わざるをえない、政治主導そのものの科目である。

 

先に見たように、総則に「公民科の『公共』及び『倫理』並びに特別活動が、人間としての在り方生き方に関する中核的な指導の場面である」(第7款 道徳教育に関する配慮事項)とあり、道徳教育の中核科目として必履修化された。「現代社会」に盛り込まれていた、憲法自体を理解させる主題の項は削除された。逆に強調されるのは「公共の精神」であり、「人間の尊厳と平等」も「公共の空間」での、「協働の利益と社会の安定性」とセットにされている。基本的人権の尊重よりも「公共」の名による国家への貢献が優先されるべき価値となりかねない。現実社会における課題の解決で強調されるのは「自助、共助、公助による社会基盤の強化」などの新自由主義的理念であり、「公民科」唯一の必履修科目であるにもかかわらず、取り上げる課題から、いま重要な核兵器廃絶や軍縮など国際平和の問題にはまったく言及がない。

 

「公共」が前提とする日本・世界の社会は「公共的空間」と名付けられ、そこに生きる人間の生き方の基本原理は、「幸福・正義・公正」であるが、何を根拠にしたのか不明である。公共的空間の基本原理には人間の尊厳と平等、民主主義などが書き込まれてはいるが、それならばそれらの原理の基本としてあげるべきはまず日本国憲法そのものではないか。ところが公民科唯一の必履修科目であるにもかかわらず、なぜか日本国憲法そのものを学ぶとは学習指導要領には一切書かれていない。わずかに公共的空間の基本的原理を学ぶときに、日本国憲法との関わりに留意せよと「内容の取扱い」に書かれているだけである。

 

「政治・経済」でも 日本国憲法そのものを順序立てて学ぶ内容は全く登場しない。ここでも日本国憲法と現代政治との関連を考察するという項目の取扱いで、憲法の内容との関連に留意せよと書かれているだけである。高校では憲法そのものをほとんど学ばないことになる。現政権の憲法無視・憲法破壊の姿勢が教育においても如実にあらわれているというべきである。

 

 

 

安倍首相は、1947年教育基本法は、「日本の教育基本法でありながら日本国民の法律のようには見えない。日本の『香り』が全くしない。まるで『地球市民』をつくるような内容だ」(『教育再生』20124月号)と批判し、だから「安倍政権が60年ぶりに改正した私の誇りだ」と主張している。「地球市民」の反対語は偏狭なナショナリズムをもった国家主義的人間である。

 

以上、見てきたように、この安倍首相と政権の執念を反映したのが「次期指導要領」である。総じて、政権や財界の要請を受けた教科・科目の新設と再編であり、学問研究の上から発した課題に応えるものではなく、近視眼的な実益を求めようとするものであって、学問研究の後退につながりかねないものである。戦後の教育史上で最悪の学習指導要領である。

 

                                  以上

 

2018/2/18 【談話】高等学校の次期学習指導要領案について

 

       2018228日  子どもと教科書全国ネット21事務局長 俵 義文

 

 

文部科学省は214日、2022年度から逐年実施される高等学校の学習指導要領改訂案(以下「改訂案」)を公表した。教科全体として55科目中27科目が新設または内容が見直されているが、特に必履修科目が大きく変わるのは「地理歴史科」(以下、「地歴」)、「公民科」(以下「公民」)である。「地歴」では現行の「世界史」必履修を廃止し、日本と世界の近現代史を学ぶ「歴史総合」、新設の「地理総合」がともに必履修となった。「公民」では選択必履修の「現代社会」が廃止され、主権者教育などを掲げた新設の「公共」が必履修となり、同じく選択必履修科目であった「倫理」と「政治・経済」が、それぞれ選択となった。まず全体的な特徴と全教科・科目に共通の問題点を取り上げ、さらに、「地歴」「公民」について今回の学習指導要領案の問題点について指摘する。

 

 

 

1.全体の特徴・問題

 

(1)「見方・考え方」で全ての教科・科目を拘束する

 

「改訂案」全体の特徴はおよび問題は、小・中学校学習指導要領の問題点が引き継がれたことである。中央教育審議会の議論で奨励していたアクティブ・ラーニングは、様々な批判の前に、「主体的・対話的で深い学び」として表記された。その学びは、「各教科・各科目の特質に応じたものごとをとらえる視点や考え方」(総則第3款。以下「見方・考え方」)という一律の用語によって、あらゆる教科・科目のあり方を拘束しようとしていることが重要な特徴であり問題点である。

 

どの教科・科目でも「〇〇についての見方・考え方を働かせ」「資質・能力を育成する」と冒頭に記述したのち、目標を記述する体裁をとっているが、肝心の「見方・考え方」の定義も内容の記述もない。これでは、その定義と説明は学習指導要領解説(以下「解説」)で行うことにならざるをえない。文科省が「法的拘束力がある」と主張する学習指導要領の重要な内容を法的拘束力のない「解説」で具体化するのは不当であるうえ、教育内容をこれまで以上に統制するものである。

 

 日本国憲法の下では、教育は子どもの学習する権利を充足すべく、一人ひとりの個性を尊重しつつ人格の完成をめざして行われるべきものであるが、「改訂案」は国家・社会に役立つ「人材」育成を第一の目的として、子どものためではなく国家のための教育、子どもの成長発達よりも国家や企業にとって役立つ「人材」育成のための実用主義的な教育をめざすものといえる。

 

 

 

(2)「改正」された教育基本法の「理念」の全面的な実現をめざす

 

 第二次安倍政権下で自民党内に設置された「教育再生実行本部」は、ほかならぬ第一次安倍政権が2006年に「改正」した教育基本法の理念が教育現場や教科書に生かされていない、多くの教科書に「自虐史観で偏向した記述が存在する」(自民党衆議院選挙公約)などと批判してきた。そして、これを克服するために教育基本法の理念を忠実に反映した詳細な内容の学習指導要領をつくる必要がある(自民党教育再生実行本部)と主張してきた。実際、「改訂案」は、現行のA4315ページからA4648ページに分量が倍増している。分量の大幅増加は次期小・中学校学習指導要領でも同様である。小・中学校の次期学習指導要領と同様に前文を新設し、現行教育基本法第1条「社会の形成者として必要な資質」や第2条「教育の目標」(「公共の精神、伝統と文化を尊重、国と郷土を愛する」等)の実現を強く求めている。これらは、国民の間での見解の違いを無視して特定の価値観を小・中・高等学校を通じて教育に押しつけるものであり、認めることはできない。

 

このような分量の大幅増加と詳細化は、教科書や教育現場を隅々まで規制しようとする安倍政権・自民党の意図を反映させたものといえる。これは学習指導要領が憲法違反ではないのは「大綱的基準」であるかぎりであるとした1976年の旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決に違反すると言わざるをえない。

 

 

 

(3)「道徳教育の充実」を担う「科目」等を明記し道徳教育の強化をめざす

 

 総則に「道徳教育に関する配慮事項」(第7款)を新設した。「道徳教育の充実」を強調し、「道徳教育の中核的な指導の場面」として、「公民」科に新たに設置された必履修科目の「公共」「倫理」「特別活動」を位置づけたうえ、「道徳教育推進教師」を導入し、道徳が教科化された小・中学校と同じように「伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛する」などを中心とした価値(徳目)を強調した道徳教育を強化しようとしている。

 

 

 

  1. 国家・財界が求める「人材」の育成が中心

 

「改訂案」が「社会に開かれた教育課程」(前文)という用語で描いている社会は、財界・国家が描く社会の将来像であり、「資質・能力」は、それらが求める「人材」に期待する内容として持ち出されている。これらをOECDや世界の研究動向で権威づけしつつ、「知識・技能」の学習を、覚えるだけに偏っていたと批判し、「理解していること・できることをどう使うか」が重要だという財界の意向を「思考力・判断力・表現力等」と表現し、道徳教育への国家の強い期待を「主体的に学ぶ力・人間性等」としている。これら三要素が国家・財界が求める「資質・能力」を構成するとして、この「資質・能力」の育成を学校教育全体に貫徹させようとしたのが、今回の学習指導要領の特徴となっている。

 

 

 

(5)学習指導要領が、学校教育の全てを統制するものへと変質

 

学習指導要領が「教育課程」に関することにとどまらず、現行学習指導要領の2倍近い分量を使用して、「総則」「指導方法」「評価」「生徒の発達の支援」「学校運営上の留意事項」(カリキュラム・マネジメント)等について細かく内容・方向性を示した。このことは、学習指導要領が、教育内容だけではなく、学校教育の全てを管理・統制するものに変質したととらえられる。力量不足の教員への支援を口実に教員の教育の自由を奪うものであり、ILO・ユネスコの教員地位に関する勧告」(1966年)に反している。

 

 

 

(6)教員の負担増と予想される教員・生徒のストレス増

 

「改訂案」は、理数系では教科の新設があり、また芸術と保健体育を除くすべての教科で科目の変更がある(詳細は後述)。教え方・評価の仕方についても新たに複雑な指示が出されている。教科・科目の変更にあたって必須の教材研究等、授業準備にかける十分な時間の保障されていない。一方で「改訂案」は、「カリキュラム・マネジメント」して各学校が教科横断型のカリキュラムの研究や、学校の管理・運営についても、事細かな具体例を出して「チーム学校」として取り組むことを奨励している。これでは教員の多忙化の軽減に逆行するのではないか。

 

生徒も、全教科で「対話」が加わって学習方法が似てきたり、「思考力・判断力・表現力」に加えて「主体的に学ぶ態度や人間性等」も評価されたりし、さらに、数値による評価ではないとはいえ道徳でも評価されるなど、評価の目にさらされることになる。生徒も教員もストレスが増えることは必至である。

 

 

 

(7)科目数55のうち49%が再編・新設——学問に基づく内容の後退

 

1)教科「理数」の新設——科学技術大国の復活を目指す

 

教科「理数」の科目には「理数探究基礎」(2単位)と「理数探求」(25単位)が設置されている。「理数探求」は必履修科目ではないものの、「体育」(必履修7〜8単位)の次に多い単位が当てられている。この科目は「将来、学術研究を通じた知の創出をもたらすことができる創造性豊かな人材の育成をめざし」と記されているように、科学技術大国の復活をめざす、政府・財界の意図が見て取れる。

 

2)「国語」「外国語」「家庭」「情報」などの共通の問題

 

科目のこのような大幅な変更は、近年にはなかった。ここでは、主に、「改善のポイント」の「教育内容の改善事項」で取り上げている各学科共通教科について記すが、科目の変更点は以下のようになる。これらは、総じて学問の後退につながるものである。

 

①国語の充実・情報教育を求め、「英語」や「情報」では、経済界が求める即戦力の期待から、実用主義的内容へ傾斜している。

 

②伝統や文化に関する教育の充実を求めている。それは「国語」の「言語文化」「文学国語」「古典探求」、「保健体育」における武道、「家庭」における「伝統的な生活文化」などの記述に見て取ることができる。これは、国家が国民統合の視点から求める、伝統や文化に関する教育、加えて道徳教育の充実を求めているといえる。

 

③「保健体育」「特別活動」などで主権者教育・消費者教育・防災・安全教育などの充実を求めている。租税と社会福祉等、消費者の契約・自然災害・オリンピック・領土等7項目       が記述されており、概ね、政権側が強く関心を寄せている課題ともいえる。

 

 

 

2.「地理歴史科」「公民科」の問題

 

(1)「愛国心」育成の強化

 

前文を受け、「地歴」の目標に「日本国民としての自覚」に加え、「我が国の国土や歴史に対する愛情」を深めることが、また「公共」の目標にも「自国を愛し、その平和と繁栄を図ること……の大切さについて自覚」を深めることが入っている。これらは生徒の内心に踏み込むことにつながり、重大である。「改訂案」がこのまま施行されれば、20184月施行の「国旗」、そして「国歌」まで親しむことを指示した「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」から高校まで「愛国心」育成が一貫することになる。これは「戦争する国づくり」の一環というべきであり、他方では「日本人の自覚」を持った「愛国心」旺盛なグローバル「人材」の育成をめざすものである。

 

 

 

(2)政府見解を押しつける領土問題

 

領土問題については「尖閣諸島については我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しない」(「地理総合」)、「固有の領土である竹島や北方領土(中略)尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題は存在していないことを取り上げること」(「公共」)としている。同様の記述を地歴・公民の倫理を除くすべての科目に入れるという異常ともいえる事態である。現行学習指導要領では「日本の領域をめぐる問題にも触れること」(「地理A」)、「領土問題の現状や動向を扱う際に日本の領土問題にも触れること」(「地理B」)とあるだけである。政府見解の押しつけというべきこの変更で「事実を基に多面的・多角的に考察し公正に判断する力を養う」(「公共」など)ことができるのか、きわめて疑問であると言わねばならない。

 

この記述は、2014年1月の中学校社会科および高校「地歴」「公民」の学習指導要領解説の一部改訂とほぼ同じであり、第二次安倍政権の「教育再生」の一環として、「改訂案」を待たずに前倒しで強行されたものである

 

 

 

(3)一面的な見解を取り上げるなとの口実で教育・教科書を規制 

 

 「地歴」「公民」とも、各科目にわたる内容の取扱いについての項目で、「多様な見解のある事柄、未確定な事柄を取り上げる場合」には「特定の事柄を強調」したり「一面的な見解を取り上げたり」するなという文が追加された。これは2014年に社会科・地歴科・公民科の教科書検定基準に近現代史における数字に限定して追加された内容だが、それを学習指導要領本文に格上げしたもので、無限定にすべての教育内容に適用されるものになった。教科書への規制強化はもちろんだが、現場での教育実践にも適用するねらいであり、教育実践を不当に萎縮させるものである。

 

 

 

  1. 特定の観点で近代史を裁断する「歴史総合」

 

この科目では「近代化と私たち」「国際秩序の変化や大衆化と私たち」「グローバル化と私たち」の3つの概念で近現代史を教えるとしているが、これらの概念は、これまでの歴史学や歴史教育がつくりあげてきた近現代史学習とは大きく異なっているため、中央教育審議会で設置が発表されて以来、現場の戸惑いや批判が表明されてきたところである。

 

目標に「日本国民としての自覚、我が国の歴史に対する愛情」を盛り込み、愛国心の育成を図る内容となっている。「国民国家と明治維新」の項の内容の取扱いで、「日本の近代化や日露戦争の結果が、アジア諸民族の独立や近代化の運動に与えた影響」に気づくようにするとして戦後70年の安倍首相談話と同様の一面的な記述となっている。同様に「日本の近代化への諸政策」を「日本の国際的地位を欧米諸国と対等に引き上げようとするものであった」と描いている。

 

 

 

 

 

(5)憲法がないがしろにされた「公共」と「政治・経済」  

 

「自民党政策集Jファイル2010」は「道徳教育や市民教育、消費者教育などの推進を図るため『公共』を設置します」とうたっている。新科目「公共」はこの方針をもとに導入されたと疑わざるをえない、政治主導そのものの科目である。

 

先に見たように、総則に「公民科の『公共』及び『倫理』並びに特別活動が、人間としての在り方生き方に関する中核的な指導の場面である」(第7款 道徳教育に関する配慮事項)とあり、道徳教育の中核科目として必履修化された。「現代社会」に盛り込まれていた、憲法自体を理解させる主題の項は削除された。逆に強調されるのは「公共の精神」であり、「人間の尊厳と平等」も「公共の空間」での、「協働の利益と社会の安定性」とセットにされている。基本的人権の尊重よりも「公共」の名による国家への貢献が優先されるべき価値となりかねない。現実社会における課題の解決で強調されるのは「自助、共助、公助による社会基盤の強化」などの新自由主義的理念であり、「公民科」唯一の必履修科目であるにもかかわらず、取り上げる課題から、いま重要な核兵器廃絶や軍縮など国際平和の問題にはまったく言及がない。

 

「公共」が前提とする日本・世界の社会は「公共的空間」と名付けられ、そこに生きる人間の生き方の基本原理は、「幸福・正義・公正」であるが、何を根拠にしたのか不明である。公共的空間の基本原理には人間の尊厳と平等、民主主義などが書き込まれてはいるが、それならばそれらの原理の基本としてあげるべきはまず日本国憲法そのものではないか。ところが公民科唯一の必履修科目であるにもかかわらず、なぜか日本国憲法そのものを学ぶとは学習指導要領には一切書かれていない。わずかに公共的空間の基本的原理を学ぶときに、日本国憲法との関わりに留意せよと「内容の取扱い」に書かれているだけである。

 

「政治・経済」でも 日本国憲法そのものを順序立てて学ぶ内容は全く登場しない。ここでも日本国憲法と現代政治との関連を考察するという項目の取扱いで、憲法の内容との関連に留意せよと書かれているだけである。高校では憲法そのものをほとんど学ばないことになる。現政権の憲法無視・憲法破壊の姿勢が教育においても如実にあらわれているというべきである。

 

 

 

安倍首相は、1947年教育基本法は、「日本の教育基本法でありながら日本国民の法律のようには見えない。日本の『香り』が全くしない。まるで『地球市民』をつくるような内容だ」(『教育再生』20124月号)と批判し、だから「安倍政権が60年ぶりに改正した私の誇りだ」と主張している。「地球市民」の反対語は偏狭なナショナリズムをもった国家主義的人間である。

 

以上、見てきたように、この安倍首相と政権の執念を反映したのが「改訂案」である。総じて、政権や財界の要請を受けた教科・科目の新設と再編であり、学問研究の上から発した課題に応えるものではなく、近視眼的な実益を求めようとするものであって、学問研究の後退につながりかねないものである。戦後の教育史上で最悪の学習指導要領である。

  

 

3月15日までという短い期間だが、以上挙げた問題を参考にパブリックコメントへの参加を呼びかける。

                                   以上

 

 

2017/7/5 【談話】教育出版小学校道徳教科書問題について

【談話】教育出版小学校道徳教科書問題について

             俵 義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)

 

 「道徳」教科化によって戦後初めて検定が行われ、2018年度から使用する「特別の教科 道徳」の小学校教科書の採択が行われています。私たち子どもと教科書全国ネット21は、これまでの教科書採択において、特定の教科書を支持したり、排除する立場をとってきませんでした。唯一の例外は、新しい歴史教科書をつくる会(「つくる会」)、そこから分かれた日本教育再生機構(「再生機構」)・改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会(「教科書改善の会」)の扶桑社版=育鵬社版・自由社版教科書(以下、「つくる会」系教科書)に対してです。「つくる会」や「再生機構」・「教科書改善の会」は、他社教科書に対して「有害物質が含まれている」、「自虐史観」「反日史観」などと誹謗し、日本国憲法を敵視し、日本の過去の戦争を正当化する「戦争肯定」の教科書です。しかも、この教科書の採択を日本会議が推進し、安倍晋三首相を先頭に自民党の日本の前途と歴史教育を考える議員の会(「教科書議連」)や日本会議国会議員懇談会(「日本会議議連」)が全面的にバックアップしています。こうした事実に基づいて、私たちは育鵬社版など「つくる会」系教科書の採択に反対してきました。

 

 今年の小学校道徳教科書の採択においても、私たちは前述のような基本的な立場で採択に臨むつもりでした。ところが、検定合格した8社66点の教科書を調査・分析・検討した結果、教育出版の教科書について、このまま採択され子どもの手に渡ることに強い疑念を持つにいたりました。その理由は以下の通りです。

 

 第一に、小学校道徳教科書は学習指導要領と検定のために、どの社も横並びの内容という印象が強いものになっています。加えて、戦後はじめての道徳教科書の検定ということで、各社が不合格を恐れて「安全運転」教科書をつくり、同じ題材を多用していることも特徴です。しかし詳細に見ると、8社の中で教育出版の教科書には、次のような点で、他社と異なる異様な内容が含まれていると考えざるをえません。

① 2年生で扱っている「国旗・国歌」が他社と比べても異常に大きく偏った取り上げ方をしています。「君が代」の歌詞の説明が「日本の平和が長く続くようにとの願いだ」と虚偽の説明をし、君が代斉唱時の起立・礼の行動まで写真入りで指示しています。オリンピック・パラリンピックで使われる旗や歌は選手団の旗・歌(オリンピック憲章)なのに、これを意図的に混同して「国旗・国歌」と記述しています。

② 5年生の教材「下町ボブスレー」で安倍首相の写真をあえて載せ、5年生の「一人はみんなのために・・・」で元ラグビー選手を扱った教材で東大阪市の野田市長の写真も載せています。どちらも掲載する必然性のない写真です。安倍首相は「育鵬社版がベストだ」といって採択を支援し、東大阪市長は育鵬社教科書を採択しています。このような形での現役政治家の教科書掲載は、「義務教育諸学校教科用図書検定基準」の「第2章 教科共通の条件」の2の「(8)特定の個人、団体などについて、その活動に対する政治的又は宗教的な援助や助長となるおそれのあるところはなく、また、その権利や利益を侵害するおそれのあるところはないこと」に明白に違反し、教育の政治的中立を侵す重大な問題です。

③  教育出版だけが、道徳のお手本にするべきとして紹介する人物に、経済界での成功者を多く掲載しています。渋沢栄一、豊田喜一郎、松下幸之助、石橋正二郎、山葉寅楠などです。これまで社会科や国語・理科などの教科書では、上記検定基準の「(7)特定の営利企業、商品などの宣伝や非難になる恐れのあるところはないこと」を根拠に、特定企業名の掲載は必ず検定で禁止されてきました(例外は育鵬社公民教科書)。それと矛盾するものであり、検定の恣意性の結果です。

④  「正しいあいさつのしかた」を小学校1年、2年と続けて指示しています。子どもたちの行為、行動を型にはめる規制・強制が至る所に強く出ています。また、「どれが正しいおじぎのしかたか」など、戦前の修身と同じようなおじぎをさせる「しつけ」・「礼儀」の教材が多く取り入れられています。育鵬社教科書を2011年から採択している武蔵村山市には後述する貝塚茂樹氏が道徳教育の指導に入り、「徳育科」を設けて「しつけ」や「礼法」を実施していますが、その内容が教科書に盛り込まれています。

 

第二に、ではなぜ、教育出版の小学校道徳教科書が他社と違う多くの問題点があるのか?この教科書の編著者を調べてみて、その理由が明らかになりました。

育鵬社の中学校社会科教科書をつくり採択活動を行ってきた日本教育再生機構(「再生機構」、八木秀次理事長)の道徳教育の中心メンバーが教育出版の監修・編集執筆者に名を連ねているのです。それはまず、監修者の貝塚茂樹氏(武蔵野大学教授)と柳沼良太氏(岐阜大学大学院准教授)です。貝塚氏は「再生機構」がつくって育鵬社から出版した道徳教科書のパイロット版『13歳からの道徳教科書』の中心的な編著者です。『13歳からの道徳教科書』は、安倍首相が「これぞ理想の道徳教科書」と絶賛しています。貝塚氏は下村博文文科相(当時)が、13年に道徳の教科化に向けて設置した道徳教育の充実に関する懇談会の中心的なメンバーで、「再生機構」の理事、日本会議の関係者でもあります。柳沼氏は、貝塚氏とともに小学校道徳教科書のパイロット版『はじめての道徳教科書』(育鵬社)の編著者を務めた物です。この二人と八木秀次氏が、「再生機構」の機関誌『教育再生』(2013年12月号)で道徳教育とその教科化を推進する鼎談をしています。

この二人以外にも、育鵬社発行の『学校で学びたい日本の偉人』の著者の一人である木原一彰氏(鳥取市立世紀小学校教諭)や武蔵村山市立第八小学校・校長牧一彦氏、主任教諭・小山直之氏、同嶺井勇哉氏の計3人も教育出版道徳教科書の著者に入っています。武蔵村山市には貝塚氏が道徳教育の指導にはいっています。武蔵村山市は人口約72,300人で、小学校7校、中学校3校、小中一貫校3校の小さな都市です。同じ小学校の教員3名が著者に入るのは異例なことです。

 

第三に、小学校道徳教科書採択で、安倍晋三首相に近い赤池誠章参議院議員による教育出版の採択を支援・推進する動きが表面化しています。赤池氏は、第2次安倍政権と第3次安倍政権で文部科学政務官を務め、現在は参議院自民党の文教科学委員会委員長です。

今年の道徳教科書採択に当たって、赤池氏は各社道徳教科書には、愛国心にそった教材がほとんどないと批判し、そのなかで唯一教育出版だけが及第点だとして、自身がつくった教科書の採点表では、教育出版に他社本の倍以上の評価点をつけました。そして教科書展示会へ参加し意見を書くよう呼びかけています。

赤池氏は、日本会議国会議員懇談会(「日本会議議連」)の事務局次長で、日本の前途と歴史教育を考える議員の会(「教科書議連」)、安倍首相が会長の神道政治連盟国会議員懇談会、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会、安倍首相が会長の創生「日本」、新憲法制定議員同盟、日教組問題を究明し、教育正常化実現に向け教育現場の実態を把握する議員の会、などの右翼議連に所属し、米「ワシントンポスト」への「慰安婦」否定の意見広告や南京大虐殺を否定する映画「南京の真実」に賛同した議員です。その意味で、札付きの極右議員であり、安倍首相や稲田朋美防衛相とも非常に近い人物です。

 

 「再生機構」は育鵬社版の道徳教科書を発行するとしてパイロット版まで出版していました。それなのに小学校教科書の検定申請をしなかったのは、中心の編著者が教育出版の教科書の著者になったので、育鵬社で発行するよりも、教育出版の方がより採択される確率がより高く、自分たちの道徳教育の考えを学校現場に広く持ち込めると考えて、小学校教科書の発行をやめたのではないかと推測されます。今年は中学校道徳教科書の検定が行われています。中学校でもおそらく貝塚氏らが教育出版の中心の監修・編著者になっていると思われるので、中学校も育鵬社が検定申請したか否か疑わしいと思われます。

「再生機構」・「教科書改善の会」の育鵬社版中学校教科書を支援し、採択を推進してきた赤池議員が教育出版の道徳教科書を絶賛し採択を支援しているのは、「再生機構」が、この教科書を育鵬社版の代役として位置付けているという推測を裏付けるものです。

以上のような事実から、教育出版の小学校道徳教科書は「つくる会」系教科書と同じようなものといわざるを得ません。

 

私たちは、こうした事実を広く教員や保護者、市民、教育委員会などに知らせて、育鵬社版のダミーともいうべき教科書によって、子どもたちの道徳教育が行われないよう、教育出版の小学校道徳教科書の採択に反対する世論を急速に広げる必要があると考え、全国各地での学習会や話し合い、教育委員会への働きかけを呼びかけます。

 2017年7月5日

 

 

 

 

2013/6/11  与党「いじめ防止対策推進法案」の重大な問題点

2013/6/11  コメント  俵 義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)

 

 517日に与党が国会に提出した「いじめ防止法案」によってはいじめの防止も解決もできないと思う。

この法案のもとになったのは自民党の教育再生実行本部の「中間取りまとめ」、教育再生実行会議の「第一次提言」であるが、この両者にはいじめの原因や背景の分析がない。もともと、いじめをはじめ、学校の「荒れ」、不登校、引きこもり、自死など子ども・教育・学校の深刻で重大な問題をつくり出してきたのは長年の自民党政権である。長年の自民党の競争教育を中心とした政策によって、子どもたちは極度のストレスに見舞われている。国連・子どもの権利委員会はこの問題を早急に解決するように何回も勧告を行っているが、日本政府は無視し続けている。法案は、こうした原因・背景を明らかにして、原因を取り除いていじめを解決するのではない。

 

 いじめには、①いじめる子、②観衆・聴衆(面白がる、はやし立てる)、③傍観者(見て見ないふりをする)、④いじめられる子、という「いじめの四層構造」があり、しかもその内部(子ども)がたえず入れ替わることなどが明らかにされているが、この法案はそうした視点はなく、子どもをいじめる子といじめられる子に二項対立的に捉え、いじめる子には「指導」、いじめられる子には「支援」という、これまた二項対立的な対策が強調され、次のような対策を法律で定めようとしている。

 

 法案は、道徳教育の強化や規範意識の養成を義務づけている。さらに、ゼロトレランスによる厳罰主義による対策が中心である。いじめは、道徳教育や規範意識によって解決できるほど単純ではなく、複雑で多様な問題を含んでいる。文科省の道徳教育推進校の大津市皇子山中学校で「いじめ自殺」が起こったことがそれを示している。それだけではなく、この法案の内容が実行されれば、いじめはもっと陰に隠れたものになり、学校は密告社会になり、子どもたちは今以上に分断され、警察を介入させることによって、いじめ加害者とされた子どもは「犯罪者」の烙印を押され、幼い時から一生立ち直れない状況に追い込まれる。

さらには、家庭にまで管理統制をおよぼし、家庭に国などへの協力を強制されることになる。

 

 いじめ問題は法律や条例をつくって解決できるものではない。法案に盛り込まれている対策はすでに多くは実行されているものであり、わざわざ法律をつくる意図は前述のように別のところにあると思う。法案は教育現場を知らない者たちがつくった質の悪い「作文」であり、絶対に成立さてはならないものである。

 

 こんな法律をつくるより、国連・子どもの権利委員会の何回もの勧告を受け入れ、子どもが権利主体であることを認め、子どもの人権を大切にすること、正規教員を大幅に増やして教員の多忙状況を解消し、教員が一人ひとりの子どもと向き合える条件を整えることなどの施策こそが重要なのである。

 

 

2013/4  安倍政権の「教育再生」で子どもと学校はどうなる (石山 久男)

1.この間の全体の流れ

 2012.10.下旬 自民党「教育再生実行本部」が安倍総裁直属組織として発足

  本部長 下村博文(現在は遠藤利明)

  5分科会 基本政策(座長・遠藤利明) いじめ問題対策(同・馳 浩) 

    教科書検定・採択改革(同・松野博一) 大学教育の強化(同・山谷えり子)

    教育委員会制度改革(同・義家弘介)

 2012.10.24. 本部・分科会の会合はじまる

 2012.10.31. 「教育関連法の改正案(義家議員試案)全体イメージ〔未定稿〕」作成

         11/13の教育委員会制度改革分科会の資料として配布

 2012.11.16. 自民党「教育再生実行本部」中間まとめを発表

       自民党の総選挙重点政策2012、政権公約Jファイルに反映

2012.12.16.  総選挙 年末に安倍内閣成立

 2013.1.24. 首相官邸に「教育再生実行会議」設置

       第1回会議(いじめ・体罰問題)

 2013.2.15.  教育再生実行会議 第2回会議(いじめ問題提言内容をまとめる)

 2013.2.26.  教育再生実行会議 第3回会議

 (いじめ問題第1次提言を安倍首相に提出、教育委員会制度改革の議論に入る)

 2013.3.22. 教育再生実行会議 第4回会議(教育委員会制度改革の議論を継続)

 2013.4.4.   教育再生実行会議 第5回会議(教育委員会制度改革の素案を提示し議論、案をまとめる)

 2013.4.15.  教育再生実行会議 第6回会議予定(教育委員会制度改革の提言を首相に提出予定)

 

 

2.新自由主義的改革=すべての子どもの教育への権利保障という憲法原則の否定

a.教育制度の多様化と競争

画一的な教育制度から柔軟な教育システムへ

  6・3・3・4制の見直し、区切りの柔軟化

  5歳児教育義務化

飛び級制度導入

b.学力競争と教育の不平等化、子どもの階層分化と分断

小・中・高卒業時の学力評価、達成度試験

全国一斉学力テストの悉皆化

c.すべての子どもへの教育への権利保障の放棄

高校授業料無償化に所得制限導入

d.大資本の利益のための国際競争力強化とその一環としての軍需産業の強化

科学技術イノベーションの推進

宇宙科学研究開発機構理事長・理事に「国家観をもった人員を配置、安全保障と密接に連携」

 

 

3.国家主義の教育① 教科書を変えて憲法違反の戦争肯定の教育を推進

 a.村山談話・河野談話の見直し

  検定基準の近隣諸国条項の廃止

 b.検定制度の大改悪 教育内容への究極の政治介入 事実上の国定教科書へ

学習指導要領の詳細化 「学習指導要領は大綱的基準である限り合憲合法」という最高裁学テ判決に違反

  検定基準の詳細化 

 共通に記載すべき事柄を文科大臣が指定できる

  複数の説があるときは多数説、少数説を明記させる  政府見解、最高裁判例は多数説である

  数値について複数説がある場合は根拠を明記させる

  検定審議会委員(教科書調査官も?)を国会同意人事とする

  検定の経過、決定内容を国会審議事項にする

*詳細な指導要領と検定基準によって、どの教科書も同じような内容を書かされることになります。さらに、政府見解を書き込むことが強制され、教科書は事実上「国定教科書」と同じようなものになってしまうでしょう。そうなると、教科書は無味乾燥なものになり、子どもたちが興味をもって学ぶことができなくなるでしょう。また、子どもの考え方が戦前のように一つの鋳型にはめこまれるようになってしまいます。実は2008年の指導要領実施以後、すべての教科の教科書に道徳の教材を盛り込まなければならないことになっていますが、そうしたことも、子どもを鋳型にはめることを促進するでしょう。そのために、悪評高い『心のノート』を再び全員に配布することにしました。

 

 

4.国家主義の教育② 愛国心を押しつける道徳教育の強化

a.愛国心と規範意識の教育を重視

道徳を教科に

  「心のノート」の配布を復活

b.上からの管理強化による「いじめ対策」

「いじめ」がおきないような学校の環境づくりは無視 少人数学級の拡大は中止 競争を促進

「いじめ防止対策基本法」制定と「いじめ防止条例」の制定義務化

   教職員の研修強化

  学校と教職員の対応を教委が評価

いじめ発生時の対応策をルール化

道徳教育を教科に

加害生徒の懲戒、出席停止処分と警察への通報・連携

「道徳」の内容とされていることは、愛国心や国旗・国歌を愛するなど、国家に対する意識が中心におかれていることです。一人ひとりの国民の国家に対する意識はさまざまに違うはずですし、その違いが認められるのが民主主義の社会であるはずです。しかしこの選挙公約は、国・国旗・国歌を愛するのは当然という前提に立っています。これがそのまま「道徳」の内容にもちこまれると、国・国旗・国歌を愛することについての議論ぬきに、政権支配者の考え方が子どもたちみんなに押しつけられることになります。

  もう一つの問題は、このような「道徳」に関する教育はどのような形で行われるべきなのかという問題です。選挙公約にはそのことについて何も書かれていません。ということは、ここでいう愛国心や規範意識については、すでにある内容が決まっていて、それについての議論を許さず、それを上から教えこむのが道徳教育なのだということを暗黙の前提にしているのではないでしょうか。けれども道徳意識というのは一人ひとりの育ち方によっても多様です。教育はそういう多様な子どもたちの意識に向き合い、話しかけあい、考えあっていくなかで育つものではないでしょうか。上からある考え方を教えこむことで本当の意味での道徳意識が育つとは思えません。

  道徳教育についてのそうした根本的問題について、おそらくなんの議論もないまま、教育再生実行会議では、さっそく「道徳」を教科の一つにすることを決めました。

 

5.教育内容と教育制度を変えるために学校と教職員の統制を徹底

憲法にもとづく教育の政治からの独立、地方分権という戦後教育の根幹を否定

a.地方教育行政制度の大改変

 教育行政の執行機関を[教育委員会]から[首長―教育長]体制に変える

首長が任命する教育長を教育委員会の責任者とする(教育長は議会同意人事)

  教育委員は教育長の諮問機関とする

 文科大臣の地方教委への指示の要件を緩和する 教科書採択でも市町村教委へ指示できる

b.教員免許制度の改悪

大学の教職課程修了者には准免許状公布 一定期間(3年以上)実務経験後、試験および適性確認制度に合格後に本免許を教育長(雇用主)が交付、採用後3年ごとに勤務実績を報告する義務

それによって分限免職、教員免許失効も可能に

c.上意下達の学校体制づくり

  都道府県および政令市に教職員人事委員会を設置(首長が議会の同意を得て委員を任命)

教育長は教職員人事委員会に、教員が「教育公務員としての責務を果たしているか」(学習指導要領を順守しているかなど)等勤務実績について諮問、その答申にもとづき教育長は、教員の適性を確認し、分限免職に値するかどうか等を判断する責務を負う

勤務成績評定実施とそれにもとづく処遇の実施について校長・教育長の責務を規定

主幹教諭および主任を必置とする 各職階の役割と責務を規定

  教育公務員倫理規程を制定

d.政治的行為・政治教育の禁止

政治的行為の制限と刑事罰(3年以下の懲役または100万円以下の罰金)の規定をもうける

政治的目的をもって政治教育をしてはならないと規定したいようだが、政治的目的をもったかどうかは内心の問題であいまい。結局、政治教育の萎縮、事実上の禁止をもたらすもの

e.教職員組合の統制

教職員組合の収支報告の義務付け

「違法」活動団体は人事委員会登録団体(一定の範囲で当局との団体交渉が認められる団体)から除外

f.大学の統制の強化 

 9月入学促進と4~8月を利用した自衛隊も含む体験活動必修化

   大学評価にもとづく資金の重点配分

学長のリーダーシップの抜本的強化

*これらは、教職員の対等な協力関係をつくるのではなく、よい勤務評定を得るための競争関係に追いやります。教員のなかの上下関係を確立し、常に上からの指示・方針に従う教員だけで学校を固めようというのです。これでは、少しのはみ出しも認めない兵営のような学校になってしまうのではないでしょうか。個性あふれる先生の授業に目を開かされたり、子どもの話をよく聞いてくれる先生が大勢いるような楽しく発展性のある学校は姿を消してしまいます。その最大の被害者は子どもたちです。

  教育公務員の政治活動や政治的教育に3年以下の懲役や100万円以下の罰金という刑事罰をもってのぞもうとするのも、適用の対象が不明確で、結局、教職員の自主的活動や自由な研修と教育活動を萎縮させ、上からいわれた通りの教育しかできないことになります。

 

 

6.安倍「教育再生」のねらい 国家教育権の確立から戦争する国づくりのための改憲へ

 戦後の教育運動のなかでつくりあげられてきた憲法26条の教育権の理念の全面否定

 旭川学力テスト事件の最高裁判決にも反する

  「国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有する」「子どもの教育は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりもまず、子どもの学習をする権利に対応し、その充足をはかりうる立場にある者の責務に属する」「子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されない」

 憲法26条の実質改憲というべきもの

 国家に教育の権限を集中させて戦争する国に忠実に従い奉仕する人づくりをねらう

 子どもの成長発達のための教育から改憲と改憲された国家のための教育に変える

 

 

7.教育でも「地域主権改革」がさかんだが、これは危ない

「地域主権」とは「規制緩和」と地域の「自己責任」、国の責任放棄

  なぜ国の責任を放棄するのか 教育と福祉には金を使わない 

 教職員の賃金制度の改変で差別的制度を導入し教職員の統制に利用

 自治体行政による教育目標=教育内容と教育制度・体系の自由な策定

 安倍「教育再生」と結合してさらなる危険性の増幅

 

 

8.私たちの対案と活動

 《基本》

国家のための国家主導の教育ではなく、子どものための子どもの権利としての教育を基本に

 

 《ゆとりあるのびのびした学校に》

少人数学級の実現でゆとりある学校に

 教職員の創意が発揮できる自由でのびのびした学校に

 子どもと教職員がゆっくりふれあえる学校に

 不必要な競争をなくし、子どもどうしがつながりあえる学校に

いじめ対策は、ゆとりある学校づくりから

道徳教育は国が決めた規範の押しつけではなく、子どもの生活に根ざしたものに

上意下達の学校組織、職階や勤務成績評価で教職員が分断孤立させられ、上からの指示だけで動くような学校ではなく、自由闊達に対等に経験交流や情報の共有、学びあいのできる学校に

真実を自由に教えられる学校に

《すべての子どもの学ぶ権利が保障される学校に》

誰もが平等に学べる学校に

生活が苦しい家庭の子どもにはゆきとどいた支援を

高校・大学の学費は無償に

《教員の自主的研修が授業に生かされる学校に》

教員の資質向上のためにも、教員の職場や研究会などでの自主的な研修を保障する

教職員の自主的な研修や創意工夫された授業づくりを保障する

学習指導要領はあくまでも大綱的基準に

検定制度の廃止をめざし教育内容への政治の介入をやめさせる

検定の強化で歴史の真実をゆがめることは許されない

《教員の市民的活動や教職員組合活動の自由を保障する》

自主的な市民的活動・教職員組合活動を萎縮させる処罰・懲戒処分は行なわない

《教員養成制度を改善し力量のある自立した教員がうまれるようにする》

教員養成は教員としての専門性が深められる制度に

教員免許の開放性を守る

勤務成績の評価で教員免許が剥奪されるような制度ではなく、免許更新制も廃止する。

《民主的で住民にも教職員にも開かれた教育行政を》

教育行政はあくまでも政治から独立させる

教育委員会を子ども・保護者・教職員・地域住民の声がとどく組織につくりかえて活性化を

 

対案の実現をめざして、教育基本法改悪反対闘争を上回る大きな幅広い運動を

 

13_4_19_杉並みんなの会 安倍教育再生批判.doc
Microsoft Word 57.0 KB